言語学習には、「話す」「聞き取る」「読む」の3要素があり、そのどれも重要ではあるのだが、ビジネスなどの実務において一番困るのはリスニング力だろう。
周到にプレゼンテーションの練習をして臨んだはいいが、聴衆からの質問の意図が分からず、苦し紛れにトンチンカンな答えをしてしまう、というのは笑えない話だ。
会議においても、相手の話していることが理解できないことには仕事にならない。
外交や契約交渉の場では、通訳は考える時間稼ぎにできるが、ビジネスの現場では通訳を入れることによる相手のストレスは想像以上に大きいので、できれば避けたいところだ。
日本では英会話がとかく重視されがちだが、実用面で考えれば、まず克服すべきはリスニング力であると断言できる。
よくある誤解(その1)
学校のリスニングの授業で最初に教わるのは、「発音」の違いについてだ。 「LとR」「thの発音」など、日本語には無い発音の聞き分けが重視されてきた。 また、「リンキング」と呼ばれる音節のつながりによる音声変化も重視される。例えば、「Check it out」は「チェキラ」と聞こえるため、この音声変化を捉える練習をすることがリスニング力向上には欠かせない、というわけだ。 最近では、「going to」=「ゴナ」、「want to」=「ワナ」といった省略形をことさらに強調したレッスンもよく目にする。
しかし、極めてクリアに発声してくれるプロの話者、例えばニュースキャスターのような人に、なるべくリンキングや省略語を使わずにゆっくり話してもらったとしても、聞き取れなかった文章が急に聞き取れるようにはならない。(TOEICなどのリスニング試験を想像してもらうとわかるだろう)
正しい発音は、話す局面では重要であるが、発音だけに気を取られていてもリスニング力にはあまり寄与しないことがわかる。
よくある誤解(その2)
もう一つは、スピードに慣れることが大事という誤解である。
スピードに慣れる目的で、TVニュースなどをひたすらに聞く、という練習方法があるのだが、では再生速度を落としたら聞き取れるのだろうか。それがそうでもない。
例えば会議の場で、ネイティブが日本人のために気を利かせてゆっくり話してくれても、聞き取れない人にはあまり効果がない。とくに、長い文章になるとスピードに関係なく、ついていけない。
では、発音やスピードではないとしたら、何が聞き取れない原因なのだろうか。それがわかれば対策もとりやすい、ということだ。
リスニング力を決定づけるのは圧倒的に語彙力
最近の日本人学習者を対象にした研究によれば、リスニング能力を決定づけるのは、圧倒的に語彙の理解度であることが示されている。
Saito et al., 2023
TOEICのリスニング問題を題材にしたこの調査では、リスニング力に影響を与える要素として、以下の3つの能力を定義した。
| 要素 | 内容 | 貢献度 |
|---|---|---|
| 知覚力 | 音をキャッチする力(LとRなどを聞き分ける力 | 20.8% |
| 一般化力 | 話者の話し方を吸収する力 | 1.5% |
| 認知力 | 聴いた情報を頭の中で並び替え、文脈から推測する力 | 2.3% |
| 語彙力 | 話者の声の違いに関わらず単語を認識する能力 | 75.4% |
「音の区別」や前後のフレーズから「文脈を推測」するといった、従来リスニングスキルとして提唱されていたスキルの貢献度は思った以上に低く、語彙力の貢献度が圧倒的に高い結果となっている。
そして語彙力の内訳をみると、単に単語を日本語に変換するだけの貢献度は5.6%しかなく、文脈に応じた意味の自動変換力がもっとも重要という結果が示されている。
| 要素 | 内容 | 貢献度 |
|---|---|---|
| 翻訳力 | 単語を日本語に変換する力 | 5.6% |
| 知識力 | 文章の背景知識、固有知識 | 14.1% |
| 自動変換力 | 単語の意味を文脈に即したコンテキストに即座に変換できる力 | 55.3% |
リスニング力を上げるためには、聞いた語句を素早くコンテキスト(文字ではなく、意味や状況)に「変換」できる能力が不可欠なのである。
逆にいえば、先のコラムで紹介した、コンテキスト補完と変換の訓練を行うことで、リスニング力の飛躍的な向上が期待できる、というわけだ。
リスニングに必要な語彙数とは
では、しっかり聞き取るためには、どの程度の語彙を変換できるようにしておけばよいのだろうか。
語彙のカバー率
Paul Nation氏の研究によれば、98%のカバー率が必要との結果がでている。
How Large a Vocabulary Is Needed For Reading and Listening?
| カバー率 | 未知語の頻度 | 読書時の感覚 |
|---|---|---|
| 90% | 10語に1語 | 未知語が多く、内容を追うのが難しい |
| 95% | 20語に1語 | 大意は追えるが、推測や辞書が必要 |
| 98% | 50語に1語 | 比較的スムーズに読みやすい |
| 100% | 未知語なし | 語彙上の障害はほぼない |
これは、「知らない単語が50語に1語以下の割合」でなければ、未知語を文脈から推測したり、内容を正確に把握したりすることが困難になることを意味している。 わずか数%の差異がリスニングの精度に大きく影響するということだ。
同じようなスピードのニュースを聴いても、内容によって大きく理解度が変わることがよくあるのはこのためだ。
必要な語彙数
この「98%カバー率」を達成するために必要な語彙サイズ(ワードファミリー数※)について、リーディングとリスニングでそれぞれ目安となる数値が示されている。
(※ワードファミリー: play, plays, played, playing のような派生語を「1語」としてまとめて数える単位)
| 対象スキル | 必要な語彙数 | 内容 |
|---|---|---|
| 読解力 | 8 〜 9,000語 | 新聞や小説などを読むために必要な語彙数 |
| リスニング力 | 6 〜 7,000語 | 会話や映画などを聞き取るために必要な語彙数 |
おおよそ1万語近くの語彙数が必要ということだ。
一方で、日本の学習指導要領(2022年度改訂版)のデータによれば、学校教育で目標とする語彙数は以下のとおりである。
| 学校種 | 語彙数 |
|---|---|
| 小学校 | 700 |
| 中学校 | 1,800 |
| 高校 | 2,500 |
| 合計 | 5,000 |
2022年以前の学習指導要領では合計が3,000語程度であった。2022年度の改訂でかなり増やしたものの、日常生活の読み書きにおいては全く足りていない。
「日本人は英語教育が充実しているのに、英語が使えない。」という声をよく耳にするが、実は学校教育だけでは全く足りていないことがわかる。
自分の語彙力を測る
語彙サイズの測定には、次の2つが有名で信頼性もある。全ての質問に答えなくても、正解を選んでいくうちに自分がどのレベルか大体わかると思う。
| テスト | 内容 |
|---|---|
| VST | 自分の「知っている語彙の総数(推定値)」をズバリ算出できる。1,000語レベルから14,000語レベルまで幅広い頻度帯から出題され、単語とその単語が含まれる短い文を読み、正しい意味を選択肢から選ぶ。 |
| VLT | 「2,000語レベル」「3,000語レベル」「5,000語レベル」など、「どの頻度レベルの単語まで定着しているか(弱点はどこか)」を診断するテスト。複数の英単語と、その意味を表す英語の定義をマッチングさせる形式が一般的。 |
語彙ランキングリストの活用
とはいっても、いきなり4,000〜5,000語から1万語レベルに増やすのは難しいということで、書店では多くの「ランキング本」が並んでいる。 仕事や受験などで、「よく出る」単語を効率よく覚えたい、ということからたくさんのベストセラーがでているようだ。
コンテキスト変換力をつけるには、このようなランキング本ではむずかしく、記憶にも残りづらいのだが、自分の実力を測り学習のいモチベーションを高めるという意味では有効だろう。
当社が無償で提供しているAiOne英語辞書には、分野別の頻出語句ランキングが掲載されているので、それをざっと見てみるとおおよその実力がわかる。
各分野ごとに単語と慣用句を合わせて15,000を掲載している。7割程度わかれば、リスニングの基礎としては十分と言えるだろう。
