RESEARCH — 第1

記憶のメカニズム(1)

記憶プロセスの全体像

私たちは何かを学ぶとき、「何度も繰り返す」「長時間勉強する」ことが大切だと考えがちだ。
しかし、脳科学や認知心理学の研究を見ると、記憶は単純な繰り返しではなく、連想や変換といったプロセスを適度な間隔で行うことで定着できることが分かってきている。

学習を効率化するために、まず記憶のプロセスの全体像を整理するところから始めよう。
学習のイメージを具体化するために、当社がアプリ開発を行なっている英語学習を題材に進める。

記憶と脳の関係

従来の理論では「記憶はまず短期記憶場所としての海馬に保存され、その後ゆっくり大脳皮質へ移り長期記憶化される」と考えられていた。
しかし、MITの最近の研究によれば、長期保存に関わる大脳皮質側にも早い段階で形成される可能性が示されている。
MIT News

すなわち、記憶は並列的に脳の各領域に格納され、各領域が連携して作るネットワークによって維持されるということである。

経験的に考えれば、例えば非常に強烈な印象の出来事は、それが短時間に生じたものであっても、深く記憶に刻まれることがある。
一方で詰め込みで覚えた内容は、長い時間かけて暗記しても、すぐに忘れてしまい、長期記憶化することがない。

この後のプロセス研究を考える上で、「記憶=脳内にネットワークを形成させること」とイメージしておくとわかりやすい。

コンテキスト補完

脳内にネットワークを形成させるためには、記憶対象に関連するコンテキスト(文脈、背景情報)を補完する必要がある。

たとえば reluctant を「気が進まない」とだけ覚えるよりも、登場人物が何かをためらっている映画の場面、ニュースで “be reluctant to comment” と使われているシーンや、表情、声のトーンといったものと一緒に覚えたほうが、ネットワークの広がりが大きくなる。

記憶術の研究では、連想記憶術(連想結合法)といったものがあり、膨大な量の単語や数字を一気に記憶に植え付ける手法として効果が確認されているが、これもコンテキスト補完の一種である。

変換練習

「思い出す」「覚えている」という状態は、脳内のネットワークから欲しい情報に変換して取り出せることを意味している。
たとえば「それはやりたくないな」という気分を表現するときに、reluctantが取り出される過程を考えてみよう。

使えない記憶

おそらく、reluctant = 「気が進まない」と丸暗記している人は、

「それはやりたくないな」
  ↓ (気持ちを言語化)
「気が進まない」
  ↓ (暗記したとおりに復元)
「reluctant」

このように、気持ちの言語化ができないと、取り出せない。

また、[rəˈləkt(ə)nt]という音声を聞いて、すぐに意味が取り出せないのも変換がうまくいっていない証拠だ。
このような状態では、取り出せたとしても実際に聞いたり話す局面ではスピードが追いつかないだろう。

使える記憶

使える記憶にするには、

「それはやりたくないな」
 ↓  (気持ちから変換)
「reluctant」

この直接変換ができる必要がある。
そのためには、脳内ネットワークの中にあるコンテキストから変換する練習をする必要がある。

研究の分野では、この変換を「検索」と表現しており、ワシントン大学セントルイス校の教育センターは、検索練習(ネットワークからの変換と取り出し)を、学習効果を高めるエビデンスベースの方法として紹介している。

Washington University Center for Teaching and Learning
Washington University Research Profiles

変換の具体的な練習方法については、別のコラムで紹介したい。

忘却からの回復

時間の経過とともに記憶が失われていくことは脳の生理現象なので避けられないが、ほとんど忘れてしまう前に回復させることが学習の効率化戦略として研究されている。
この考え方の出発点にあるのが、「忘却曲線」と「間隔反復学習」である。

忘却曲線とは何か

エビングハウスの忘却曲線

一般に目にする忘却曲線は縦軸に「記憶の残量」、横軸に「時間経過」をとったものだが、近年、19世紀の心理学者ヘルマン・エビングハウスによる研究が再注目を集めている。
これは、縦軸に「残量」ではなく「節約率(回復時間の短さ)」をとっているところが特徴で、この研究によれば、忘却曲線には以下の二つの特徴がある。

  • 忘却曲線は最初の数時間で一気に減衰し、その後緩やかに減少していく。
  • 忘却曲線のカーブは、最初の学習強度に影響されない。

York University Classics in the History of Psychology
Psychonomic Bulletin & Review / PMC

忘却曲線については、別のコラムで詳細を紹介しようと思う。

間隔反服学習

忘却曲線の研究結果から得られる示唆は、次のようなものになる。

  • 記憶が減衰しきる前に、再学習を行うのがよい。
  • 無理に学習の強度を強める必要はない。

要するに、一つのことに時間をかけるのではなく、「1回の学習時間は短く」「適度な間隔を空けて」繰り返すのがよい、ということだ。

研究の世界では、間隔を空けて学習することの効果を「Spaced Repetition / Spacing Effect」と呼んでおり、いくつかの実験結果が報告されている。
Cepedaらによるメタ分析では、317件の実験、839件の評価を対象にpacing Effectの効果が検討された。その結果、学習と学習の間隔、そして最終的にいつ思い出したいかという保持期間が、記憶成績に共同で影響することが示されている。
PubMed

例えば、以下のような反復タイミングが提案されている。

復習回数推奨タイミング期待効果
1翌日
(24時間以内)
最も急激な初期の忘却(約66%の忘却)を食い止め、記憶を100%の状態に戻す。最初の復習が一番重要。
21週間後緩やかになった忘却曲線を再び引き上げる。この段階になると、1回目よりも短い時間で思い出すことができる(節約率の向上)。
32週間後記憶の減衰がさらに緩やかになる。脳が情報を「一時的な記憶」から「長期記憶」へと移し始める。
41ヶ月後ここまで来ると、記憶はかなり強固に定着する。テスト前などの最終確認として機能する。

試験対策への応用(おまけ)

試験対策に向けて、いつ復習するのが最適なのか、という研究成果もある。
「試験前日にまとめて復習する」のではなく、目標日から逆算して、忘れ始める前後に復習を置くことが重要だということが実証されている。

Cepedaらの別の研究では、1,350人以上を対象に、学習から復習までの間隔と、最終テストまでの期間の関係が調べられた。その結果、最終テストまでの期間が長いほど、最適な復習間隔も長くなることが示されている。
University of South Florida Digital Commons

この研究では、たとえば最終テストが数週間後の場合、初回復習までの最適な間隔は最終テストまでの期間の約20〜40%、最終テストが1年後の場合は約5〜10%程度に下がると報告されている。

目標初回復習の考え方
1週間後に覚えていたい学習後1〜3日以内に復習
1か月後に覚えていたい学習後数日〜1週間程度で復習
半年〜1年後に覚えていたい最初の数週間以内に復習し、その後は間隔を伸ばす

まとめ

記憶に関する研究成果をまとめると、以下のような記憶プロセスを構築することが学習の効率化につながることがわかる。

  • 記憶を長く定着させるためには、脳内に情報のネットワークを形成させる必要がある。
  • 脳内ネットワークを形成させるために、記憶する際に多くのコンテキスト(文脈、シーン、音声など)を与えて記憶する。
  • 使える記憶にするために、コンテキストからの変換練習を行う。
  • 記憶を定着させるために、適度な間隔を置いて短時間の反復学習を行う。

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